2026/04/27
vol.28 本を通して育まれてきた、ものの見方と感性
以前コンテンツでもご紹介した設計士・濱田。
🔗前回の記事をまだご覧になられていない方は、こちらよりご覧ください。
今回はその第二弾として、濱田が本を通して育んできた、ものの見方や感性に目を向けます。
芸術、写実、自然を見つめる写真家、染色家、福祉活動家。惹かれてきた本の世界は幅広く、一見するとそれぞれ別の場所にあるようにも見えます。
けれどその根底には、目に見えるものの奥にある気配や、本質に静かに手を伸ばそうとする、ひとつのまなざしが通っていました。
そして本の中で出会った言葉や風景は、やがて濱田の思考となり、設計の輪郭をかたちづくっています。
今回は「濱田の本紹介 第二弾」として、その感性の源をたどります。
単純な行為の際に立ち上がるもの
濱田が影響を受けた芸術として挙げるのが、ジャクソン・ポロックとルーチョ・フォンタナです。出会いは、京都府立美術館で開催されていた現代アートの展覧会でした。「痕跡」というタイトルの展示の中で、この二人の作品に強く惹かれたといいます。
ポロックは、絵の具を落とし、振り、身体の動きそのものを画面に刻むように描きます。フォンタナは、白いキャンバスを切るという、きわめてシンプルな行為によって作品を生み出しました。
言葉にしてしまえば、どちらも驚くほど単純です。けれど、その単純さの中から、誰にも真似のできない表現が立ち上がっている。そのことに濱田は強く心を惹かれたそうです。
誰にでもできそうに見えることを、誰にもできないものへと高めていく。複雑な技巧を見せるのではなく、削ぎ落とされた行為の中に、その人にしか生み出せない強さがある。そのあり方が、今も濱田の中に残り続けています。


もともと濱田にとって、美術は幼い頃から身近な存在でした。母親に連れられて美術館へ足を運び、「日展」にも毎年のように出かけていたといいます。建築を志す以前から、美しいものに触れる感覚は、日々の暮らしの中に自然とあったそうです。
単純なことの中に、その人にしかつくれないものがある。濱田が芸術から受け取ったこの感覚は、住宅設計にもそのまま重なっているように感じられます。
余計なものを足すのではなく、本当に必要なものだけを残すこと。その先にこそ、その人らしい空間が宿るのかもしれません。
そして濱田の関心は、表現の力そのものだけでなく、ものをどう見るかというまなざしへと深まっていきます。次に触れる写実の世界にも、そうした濱田の関心が色濃く表れています。
ものを見る、その深さに惹かれて
芸術の中でも、濱田が強く惹かれていたのが写実の世界です。私自身、最初は写真だと思っていたのですが、濱田が見せてくれた作品はどれも絵でした。卵や布、器、人物の肌の質感まで、写真と見紛うほど緻密に描かれていて、その表現には思わず見入ってしまうほどの驚きがありました。
濱田が写実に本格的に興味を持つようになったのは、30歳くらいの頃に勤めていた設計事務所でのことです。事務所の本棚にあった磯江毅の画集を見たことがきっかけだったといいます。写実というと、ただリアルに描く技術のように思われがちですが、濱田が惹かれたのはそれだけではありませんでした。


同じ写実の作家でも、考え方はそれぞれ異なります。ただ上手に描いているのではなく、何を見ているのか、どう見ようとしているのか。その姿勢や思想の違いが、作品の中に表れてくる。
たとえば磯江毅の言葉には、「表現するのは自分ではなく、対象物自体である」という考え方があり、描き手が前に出るのではなく、対象そのものが持つ存在感をどこまで引き出せるかが大切にされています。濱田は、そうした写実の考え方に強く惹かれていました。
建築もまた、どこかそれに通じるものがあると濱田はいいます。ものをしっかり見ること、そのものの良さや本質を見極めること。そうした視点は、素材や空間を扱う建築にも重なります。自分が「ここは気持ちがいい」「落ち着く」と感じた体験を、住宅という限られた条件の中でどう形にしていくのか。
その背景には、写実に通じる「ものをよく見る」という感覚が流れているように感じられました。
風景の奥にあるものを見つめる
濱田が大切にしている存在として、今回も挙がったのが星野道夫です。前回の「濱田の本紹介 第一弾」では、著書『旅をする木』を通して、濱田の人生や設計に影響を与えた言葉をご紹介しました。
今回あらためて印象的だったのは、濱田が惹かれているのが、星野道夫の文章だけではなく、写真そのものにも深く及んでいることでした。
出会いは高校生の頃。図書館で手に取った雑誌の中に掲載されていた写真を見て、「自然ってすごいな」と感じたその感動は、今でもはっきり覚えているそうです。
アラスカの自然、動物、人々の暮らし。星野道夫の写真には、ただ美しいだけではない、その土地に流れる時間や空気まで写し込まれているように感じられます。目に見える風景の奥にあるものを受け取ろうとするまなざしに、濱田は深く惹かれてきたようでした。


また興味深かったのが、星野道夫をきっかけに出会ったお気に入りの一冊があるということ。
今回、その本も紹介してもらいました。それが『Powers of Ten』です。
旅の雑誌『Coyote』で紹介されていた、星野道夫が読んできた本の一冊で、濱田もそこからこの本を知ったといいます。ひとつの風景を、遠く宇宙の視点から、また極小の世界へと行き来しながら見つめていくこの一冊は、濱田にとって建築を考える上でも大切な感覚につながっているそうです。
住まいを設計するときも、敷地だけを見るのではなく、地域の風景や自然の流れまで含めて捉えること。反対に、窓の位置や光の入り方、隣家との距離といった身近なスケールにも丁寧に目を向けること。大きく見ることと、細やかに見ること。その両方を行き来する視点は、濱田の設計にも通じているように感じられました。
前回の「濱田の本紹介 第一弾」で触れた、星野道夫の言葉が濱田の暮らしの提案へとつながっていく背景には、写真を通して風景の奥にあるものを見つめる視線があるー
今回のインタビューでそのことがよりはっきりと感じられました。
自然に寄り添い、日々を整える
濱田が本を通して惹かれてきたもののひとつに、自然に寄り添いながら、日々の営みを丁寧に形にしていく感覚があります。そうしたまなざしを感じる存在として、染色家・織物作家の志村ふくみと、福祉活動家の佐藤初女が挙がりました。
志村ふくみは、植物から色をいただき、その色で糸を染め、さらに織り上げて着物を生み出していきます。同じ植物でも、その日の空気や水、光や湿度によって現れる色は少しずつ異なり、同じ色は二度と生まれません。自然を完全に操作するのではなく、その力を受け止め、借りながら形にしていくところに、濱田は強く惹かれているようでした。
そうした感覚は、建築にもどこか通じています。光や風、季節の移ろいのように、人の手ではコントロールしきれないものをどう空間に取り込むか。整えながらも、自然がもともと持っている力をできるだけ素直に感じられる住まいにしたい。志村ふくみの本には、濱田自身のそうした設計の感覚と重なるものがありました。


一方、佐藤初女に惹かれる理由として語っていたのは、特別なことではなく、当たり前のことを丁寧にする大切さでした。
おにぎりをひとつ握ること。季節のものをいただくこと。誰かのために手を動かすこと。派手さはなくても、そうした積み重ねが人の心や暮らしを支えていく。
その静かな強さに、濱田は深く心を寄せているようでした。
その感覚は、暮らしを受け止める住まいを考えるうえでも、大切な軸になっていました。住宅もまた、特別な場面のためだけにあるのではなく、何気ない毎日を受け止めるためのものです。朝の光や風の通り道、季節の移ろい、ふと気持ちがほどける時間。そうした日常を大切に整えることの尊さが、濱田の住まいづくりにも通じているようでした。
自然の力を受け取りながら形にしていくこと。何気ない日常を丁寧に整えていくこと。二人の本を通して濱田が受け取ってきた感覚は、住まいを考える視点にも静かにつながっているように感じられました。
惹かれてきたものの先に
濱田が惹かれてきた本や作り手をたどると、そこには共通するまなざしがありました。
目に見えるものの奥にあるものを感じ取ること。自然の力を受け止めること。何気ない日常を丁寧に見ること。
そうした感覚が、濱田の考え方や設計の姿勢につながっているように感じられました。
印象的だったのは、濱田が「自分がそういうふうに生きられているから惹かれるのではなく、まだできていないからこそ惹かれるのかもしれない」と話していたことです。
自分にないものや、これから大切にしたいことに触れるために本を読む。その向き合い方にも、濱田らしさが表れているように思います。
本は一度読んで終わりではなく、何度も読み返すことが多い濱田。
そのたびに受け取り方が少しずつ変わっていくように、本を通して育まれてきた感覚も、少しずつ今の設計につながっているのかもしれません。
そしてこれからも、その感覚は新しい住まいのかたちへ、静かに広がっていくのだと思います。

次回のコンテンツは5/11(月)です。どうぞお楽しみに!

