2026/08/23
vol.36 長くそばにある理由。ー 3人が語る、それぞれのベストバイ。
何度も聴いた音楽があります。
履き込んだ靴があります。
気づけば、毎日のように手に取っている器があります。
どれも、買った瞬間に「ベストバイ」だったわけではありません。
時間を重ねる中で愛着が深まり、その人らしさが少しずつ重なっていく。
今回は、新築ディレクター(営業)の江口、マンションリノベーションディレクター(営業)の藤原、家具事業部で設計を担当する友重に、「人生のベストバイ」をテーマに語ってもらいました。
選んだものは違っても、その理由をたどると、それぞれの仕事や暮らしへの向き合い方が自然と見えてきました。

使い続けることで、見えてくるもの。
家具設計の友重が選んだのは、一枚の白い器とカトラリーでした。
「柳宗理のお皿です。」
学生時代、芸術大学で建築を学んでいた友重。
建築やプロダクトデザインに触れ、さまざまな作品を見る中で出会ったのが、インダストリアルデザイナー・柳宗理でした。
「すごくシンプルなんですけど、削ぎ落として、削ぎ落としてできた美しさがあるんですよね。」
当時、一人暮らしで自炊をよくしていた友重にとって、一枚5,000円ほどの器は決して気軽に買えるものではありませんでした。
それでも思い切って手に入れたその器は、二十年以上経った今も、変わらず暮らしのそばにあります。
学生時代、今の奥様と付き合っていた頃には、この器で料理を振る舞うこともあったそうです。
「パスタをつくるのが好きなんですけど、このお皿に盛ると、料理がすごく映えるんですよ。」
そう話す友重。
けれど、その魅力は、買った当時からすべて分かっていたわけではないといいます。
「使い続ける中で、あとから知ることも多かったですね。」
例えば、この器を製造するNIKKOのボーンチャイナは、「世界で一番白い」ともいわれています。
他の器と並べると、その白さの違いがよく分かるそうです。
「料理が主役になるんですよね。お皿が目立つんじゃなくて、料理がのることで完成する。そういうところが好きなんです。」
「主役を引き立てる」
そんな柳宗理の考え方に惹かれる友重の言葉は、暮らしに寄り添う家具を設計する今の仕事にも、どこか通じているようでした。


さらに調べていくうちに知ったのが、柳宗理のものづくりでした。
図面だけで形を決めるのではなく、模型をつくり、何年も試作を重ねながら、実際に使っては改良を繰り返す。
フォーク一本にも、目には見えない時間と試行錯誤が積み重ねられていました。
「たかがフォークかもしれないですけど、そこまで考え抜く姿勢に感化され、より愛着が湧いたのを覚えています。」
学生時代に惹かれたそのものづくりへの向き合い方は、今、家具事業部で図面を描き、一つひとつ家具を形にしていく友重の仕事とも、どこか重なって見えます。
学生時代に選んだ一枚の器。
二十年以上経った今も、変わらず食卓に並び続けています。
愛着とは、気づけば毎日のように手に取っていることなのかもしれません。
背景を知るほど、好きになる。
友重の話に、大きく頷いたのが江口でした。
「僕も、ものを選ぶときに、その背景や歴史を知りたくなるタイプですね。」
そう言って取り出したのは、一足のローファーと一本のボールペン。
学生時代に購入したJ.M. WESTONの「180 シグニチャーローファー」と、就職を機に手に入れたCartierの代表的コレクション「ディアボロ ドゥ カルティエ」のボールペン。
前職ではオーダースーツやラグジュアリーブランドなど、ファッションの世界で経験を重ねてきた江口。
ファッションの世界で過ごしてきた時間もあり、ものを選ぶ基準には、昔から変わらない軸があるといいます。


「どういう背景があって、どういう歴史があるのか。そこに惹かれるんですよね。」
見た目がいいから。有名だから。
それだけでは、なかなか手は伸びません。
どうしてこの形になったのか。
どんな歴史があるのか。
どんな想いでつくられてきたのか。
「そこまで知ると、愛着が全然変わるんです。」
学生時代に思い切って購入したローファーも、そのひとつでした。
発売から80年以上、大きくデザインを変えることなく愛され続けている一足。
履き始めは硬く、足に馴染むまで時間がかかります。
「でも、履き続けると少しずつ柔らかくなって、自分の足に馴染んでくるんです。」
ソールを交換しながら、長く履き続けることを前提につくられた靴。
「完成しているものを買うというより、自分で育てていく感覚ですね。
時間をかけて完成していくものが好きなんだと思います。」
ローファーだけではありません。
就職を機に購入したCartierのボールペンも、江口にとって大切な一本です。
現在は廃盤となっているモデルで、ヴィンテージショップで手に入れたそう。
「契約のとき、お客様にサインをいただく場面がありますよね。」
人生で何度もあることではない、大切な時間。
だからこそ、自分が手にするものにも意味を持たせたい。
「ポケットから取り出す所作も含めて好きなんです。」
江口が選ぶものは、どれも長く使うことを前提としています。
流行よりも、その先にある時間を見つめているようでした。
「物を提供するというより、ことを提供したいんです。」
そう話す江口にとって、家づくりもまた同じ。
家そのものではなく、その先で始まる暮らしや時間に価値がある。
「人生で一番大きな買い物を任せてもらう仕事だからこそ、自分自身が選ぶものも、背景や想いを大切にしたいと思っています。」
友重が”使い続けることで分かる価値”を話したように、江口は”背景を知ることで深まる愛着”を語りました。
ものの価値は、価格だけでは測れない。
その向こうにある時間や物語まで含めて、大切にしたい。
そんな価値観が、言葉の端々から伝わってきました。


同じ曲でも、違って聴こえる日がある。
「私は少し違うかもしれません。」
藤原がテーブルに置いたのは、一枚のCD。
中学生の頃、初めて自分で買ったSHISHAMOのアルバムでした。
「私が人生で初めて曲を聴いて涙を流したアーティストなんです。もう活動は終わってしまったんですけど、これから先もずっと好きだと思います。」
購入当時惹かれていたのは、軽快なリズム。
歌詞を深く読むことは、あまりありませんでした。
けれど社会人になってから、同じ曲がまったく違って聴こえたといいます。
「『明日も』っていう曲があるんですけど…。」
と藤原は続けます。
「働き始めてから聴いたら、昔は何も感じなかったフレーズが、自分のことのように胸に響いたんです。」
音楽は変わっていません。
変わったのは、その曲を聴いている自分でした。
「聴く時期やタイミングによって、感じ方って全然違うんだなって思いました。だから何回聴いても飽きないんですよね。」
少し考えながら、藤原は続けます。
「振り返ると、何かに感動したり、気持ちが動いた出来事って、自分の人生の節目になっていることが多い気がするんです。」
「だから、このCDも私にとっては、ただ音楽を聴くものじゃなくて、自分の人生を思い返すきっかけみたいな存在なんです。」
好きな曲は、人に貸して聴いてもらうこともあるそうです。
同じ曲でも、感じ方は人それぞれ。
そんなふうに、自分とは違う受け取り方を知ることも好きなのだと話します。
「そういう経験って、自分の価値観を広げてくれるなと思います。」
話は自然と、今の仕事へ移っていきました。
マンションリノベーションのディレクターとして出会うお客様は、自分より年上の方がほとんど。
「だから私は、今はモノよりも経験にお金や時間を使うことが多いです。」
旅行へ行くこと。ライブへ足を運ぶこと。
時には、バンジージャンプに挑戦することも。
どんな経験も、いつか誰かとの会話につながるかもしれない。
「まだ自分は若いので、知らないことの方が多いんです。」
だからこそ、できるだけ多くの景色を見て、いろいろなことを経験しておきたい。
その積み重ねが、お客様の話を聞くときや、暮らしを想像するときにも、きっとつながっていくと藤原は考えています。
SHISHAMOのラストライブも、そのひとつでした。


活動終了は、とても寂しかったと藤原は話します。
ラストライブにも足を運び、その時間もまた、忘れられない思い出になりました。
「私、SHISHAMOは曲だけじゃなくて、人柄も好きなんです。」
そして、少し考えながらこう続けます。
「メンバーのみなさんにも、それぞれの人生があるんだなって思ったんです。自分が悩んだりしているのと同じように。」
その言葉を聞いていると、藤原が大切にしているのは音楽そのものではなく、人や経験との出会いなのだと感じます。
誰かの人生に触れること。
自分とは違う価値観や経験を知ること。
そんな小さな積み重ねが、少しずつ自分の世界を広げてくれる。
だからこの一枚のCDは、ただ好きな音楽ではなく、その時々の自分を思い出させてくれる、特別な存在なのです。
器も、革靴も、ボールペンも、一枚のCDも。
選んだものは、それぞれ違いました。
けれど三人の話を聞いていると、どれも「買った瞬間」がベストバイだったわけではありません。
使い続ける中で、その魅力を知ったもの。
背景を知ることで、もっと好きになったもの。
自分自身が変わることで、新しい意味を持ったもの。
時間を重ねるほどに、その価値は少しずつ育っていました。
家もまた、少し似ているのかもしれません。
完成した日がゴールではなく、暮らしが始まってから、その家だけの時間が積み重なっていく。
傷がついたり、家具が増えたり、家族の思い出が刻まれたり。
そうして気づけば、「住む場所」ではなく、「帰る場所」になっていく。
ものを選ぶことは、これから先の時間を選ぶこと。
三人のベストバイを通して見えてきたのは、そんな暮らしとの向き合い方でした。
次回のコンテンツは9/7(月)です!どうぞお楽しみに。

